冬の間、固く凍り付いていた土の中からいの一番に芽を出すのは、雑草でも花でもなくヨモギだ。そしてヨモギ同様に春を告げる食材といわれるのがメイタガレイだ。春のメイタガレイは脂がのって身が厚く柔らかい。この二つの食材が出逢い韓国の郷土料理となったのが「メイタガレイのヨモギ汁」だ。
メイタガレイのヨモギ汁は慶尚南道統営の郷土料理だ。毎年、早春になると統営の海辺の食堂ではどこの店でも「メイタガレイのヨモギ汁あります」の看板が出される。
季節を感じる要素はいろいろある。新芽が吹き、そして花が咲く。緑が生い茂る日々が過ぎれば紅葉となり、やがて木枯らしに吹かれて落葉樹となる風景。もう一つは舌先で感じる季節感だ。旬の食材を最も新鮮な状態で味わうことこそ季節の変化をストレートに感じる方法ではないだろうか。伝統的韓国料理の専門家、故キム・テウォン(金台源)料理長は生前「季節が変わったことを一番先に知る方法は、その月に最も高価な旬の魚を買って食べること」だと語っていた。
代表的な春の食材、メイタガレイとヨモギ
ヨモギは温かな性質を備えており、胃腸・肝臓・腎臓の機能を強化し、昔から腹痛の治療に良いと言われている。春が始まる3月から5月頃に収穫されたヨモギを最良品とする。その後は葉が固くなり、苦みも強くなるので食材とするには味が落ちてしまうからだ。
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春の訪れを告げる料理の一つが慶尚南道統営のメイタガレイ(目板鰈)のヨモギ汁だ。海のカレイと陸のヨモギ(蓬)、共に代表的な春の食材だ。冬を越す間に脂がのり身が厚くなったメイタガレイは、寒さが緩むと産卵のために南の地方に生息地を変える。春に統営沖でカレイがたくさん捕れるのもそのためだ。春のメイタガレイは刺身のほか、煮付けたり、汁物や鍋物にするなどさまざまな韓国料理で使われる。特にメイタガレイの若魚を中骨ごと薄く輪切りにした刺身「トタリ背越し」は、コリコリした食感がたまらない特別な料理だ。
ヨモギは若干の苦みとともに強い香りを発する植物で、春が始まる3月から5月にかけて収穫された新芽ヨモギの食感と味が一番だといわれる。それ以降は固くなり、苦みも増すので食材にするには味が落ちてしまう。そのためメイタガレイのヨモギ汁をメニューにのせている多くの食堂では毎年、春先に採れる初物のヨモギの確保に追われる。同じヨモギでも盆地や山地よりも海風にあたって育ったものがより一層風味が良く、ミネラルも豊富なことで知られ、わざわざ海辺の地方のヨモギを求める人も多い。
韓国でヨモギは「強靭な生命力」の象徴でもある。天候や土壌、どんな環境の変化にもめげずに春になると土の中から芽吹き、茎と葉を広げるからだ。韓国の古典神話でもヨモギは「熊が人間になるために洞窟で100日間耐えて食べ続けた食材」として登場し、また実際に韓国では、昔からヨモギは食材としてだけでなく薬材としても使われてきた。
南海地域の貴重な旬の料理
アカガレイ、イシガレイ、マコガレイなどの俗称で呼ばれる。このうち統営で捕れるカレイはメイタガレイで、12月から1月までは禁漁期だ。統営でメイタガレイのヨモギ汁を2月から食べられるのもそのためだ。
春になるとメイタガレイが豊漁な南海地域では、船乗りたちが真っ先に食したという説、南海の海辺の各家庭では、ヨモギの新芽で汁を作り食べたことからメイタガレイのヨモギ汁が誕生したという説などがある。産地で捕れた魚や肉類、または旬の野菜や山菜を入れて汁を作って食べるという文化は、韓国各地で見られるものなので、誰が一番先に食べたかという事はさほど重要ではない。確かなことはメイタガレイのヨモギ汁が南海地方の郷土料理だということだ。
メイタガレイのヨモギ汁は韓国の他の汁物やチゲ料理とは違い、コチュカル(唐辛子粉)を使用しないので汁が澄んでいるのが特徴だ。ヨモギ本来の味と香りを保つことが大切なので、辛い調味料の代わりに味噌と少量のスープ用醤油だけを使い、香ばしい味を引き出す。事前に下処理をしておいたメイタガレイときれいに洗った旬のヨモギと大根、長ネギを入れて煮込めば完成だ。新鮮なメイタガレイと旬のヨモギさえあれば、それだけで十分に味がでるので、それ以上の調味料や薬味は必要ない。
春の味と香り
韓国のどこの海でも見られるカレイと、やはりどこでもよく育つヨモギで作った料理が何でそんなに人気があるのかと思うかもしれないが、メイタガレイのヨモギ汁を一度でも食べた人は、メイタガレイの柔らかく淡白な味とヨモギの香りに魅了されてしまう。
初めてメイタガレイのヨモギ汁を食べた人は、ヨモギのほろ苦さと香りを指して「独特な味の汁」だと評したりもするが、その個性的な味に慣れるにしたがい、この汁料理の魅力にはまってしまう。美食家たちはメイタガレイのヨモギ汁の主役はメイタガレイではなくヨモギだと言う。ヨモギの風味が占める割合が大きいからだ。ヨモギの香りが味噌汁と出会い、深みを増し、そこに淡白なメイタガレイの食感まで加わり、味はより一層豊かになる。
旬の食材を使って季節の料理を出す食堂では、早ければ2月中旬からメイタガレイのヨモギ汁が登場する。特に港に近い慶尚南道統営の市場通りには、メイタガレイのヨモギ汁を春の代表料理として出す食堂が軒を連ねている。その中でも代表的な店「喜貞食堂」の捕れたてのカレイと初物のヨモギで仕上げる汁の味覚は本当に素晴らしい。この二つの味のコラボが好きな人々はご飯が何杯でもいけることから、まさに「パブトドク(ご飯泥棒)」だと言う。サービスのアンチョビーの塩辛もおいしい人気店だ。
ソウルのメイタガレイのヨモギ汁で有名な店はソウル乙支路にある「忠武チブ」だ。ここは当主の先代が1964年に慶尚南道統営で開いた「喜楽荘」が始まりで、当時最も自信をもって出していたメニューがメイタガレイのヨモギ汁だった。そしてこの汁料理は50年以上にわたって、常連客から愛され続けている「忠武チブ」の春の代表メニューとなった。メイタガレイのヨモギ汁とセットで出されるモンゲ(ホヤ)のピビンパブもまた代表的なメニューだ。白いご飯の上に小さく刻んだホヤとカイワレ大根、刻みノリをのせ、ごま油をかけた香ばしいモンゲピビンパブは、まさにメイタガレイのヨモギ汁との相性はファンタスティックだ。
万物はたとえ生命力に満ち溢れていても、時間ととに散り、そして再び巡りくる季節を待ちわびながら長い忍耐の時を過ごす。今、この美しい春の日に出会うメイタガレイのヨモギ汁が正にそうだ。旬が終わればまた1年を待ちわびることだろう。春の気運が満ち溢れている間に、春の味と香りを思う存分に楽しんで頂きたい。