画家チェ・ウンスク(崔恩淑)氏は、市場という現代の日常的な空間に過去の人物を重ね合わせた作品を主に手がけている。チェ氏は、時空を超える手法と東洋画の特性を生かして、他にはないユートピアを描き出す。ソウル新川洞(シンチョンドン)にあるBGNギャラリーで話を聞いた。
『私は彼らと共にいた』
130×388㎝
壮紙(韓紙)に混合彩色
2012年
チェ・ウンスク氏は、東洋画の基本的な画材である墨と西洋画の主な画材であるアクリル絵の具で、従来の東洋画の技法に現代的な要素を加えた風俗画を描いている。作品によく登場するのは、チェ氏の子供の頃の思い出が詰まった市場だ。現代の市場の風景と朝鮮時代(1392-1910)の風俗画の登場人物が共存する絵は、非現実的ながら穏やかな仮想の安らぎの空間へと見る者を導く。
東洋画を専攻したきっかけは?
大学でデザインを勉強していた時に偶然、東洋画の伝統的な画材である墨の魅力に引き込まれた。水の量で濃淡を表す墨を使ううちに、東洋画が西洋の水彩画とは違う形で豊かな色彩や奥行きを表現していることに気付いた。それをきっかけに東洋画科に編入して、その後、弘益(ホンイク)大学校大学院の東洋画専攻で修士・博士課程を修了した。現在は墨とアクリル絵の具を用いた作品に取り組んでいる。考えてみると、水溶性の画材が水と混ざったときに現れる多彩な色の変化に惹かれるようだ。
市場に興味を持ったのは、いつから?
子供の頃、母にお使いをよく頼まれた。嫌がる子もいたが、私はお使いに行くのがとても好きだった。お使いに行って市場を見て回るのが、本当に楽しかった。市場の路地に立ち並ぶパラソルを見るだけでもワクワクしたし、かごに盛られた色とりどりの果物を見るだけでも幸せだった。たぶん母は急ぎの使いで豆腐を頼んだと思うが、いろいろと見て回るのに夢中で、豆腐を家に届けることも忘れてしまうほどだった。
作品を見ていると、子供の頃に戻ったような気になるが…?
子供の頃の思い出がつまった市場を主に描く画家チェ・ウンスク(崔恩淑)氏。時空を重ね合わせて、自分だけのユートピアを描き出す。
© ホ・ドンウク(許東旭)
それこそ私が望む反応だ。子供の頃に市場で感じた気分を見る人たちにも共感してもらえたら、涙が出るほどうれしい。もし誰かに韓国人の情とは何かと聞かれたら、まずは近くの市場に行ってみるように勧めたい。市場という場所は元々、人生の喜怒哀楽が感じられるが、特に韓国の昔ながらの市場では韓国人ならではの情を体感できる。
「共存」シリーズで朝鮮時代の風俗画の登場人物を重ね合わせた理由は?
大学4年生の時にソウルの南大門(ナムデムン)市場で突然、目の前の風景に朝鮮時代の風俗画の登場人物が重なって見えるような経験をした。その瞬間、これを描いてみようと考えた。その時から始めたテーマが今も続いている。時間が止まったような雰囲気を出すため、過去の人物はカラーで現代の人物はモノクロで表現している。つまり時空を超えたイメージを描きたかったのだが、それが私の作品を貫く主題でもある。過去の人物は、朝鮮時代の画家シン・ユンボク(申潤福、1758-?)とキム・ホンド(金弘道、1745-?)の風俗画の主人公を取り入れることが多い。
興味深い制作過程は?
まず描きたい市場に行って写真を撮り、補正した写真に昔の風俗画の登場人物をあれこれ配置しながらストーリーを作っていく。ストーリーの構成が終わると、壮紙(チャンジ、厚くて丈夫な韓国の伝統的な紙)に絵を描いて色を塗る。その前に、水に溶かしたニカワとミョウバンを紙に塗って、墨がにじまないように下処理しておくと、紙の質感が良くなる。
紙がキラキラ輝くような作品に使われた材料は?
東洋画の材料に水晶の粉がある。それをニカワ液に混ぜて紙に塗ると、キラキラ輝く効果が得られる。東洋画は西洋画と違って、墨や石の粉など天然の顔料がよく使われる。
作品に登場する市場は、全て実在する?
『心象風景』
53×45㎝
壮紙(韓紙)に混合彩色
2020年
本当にある場所だ。ただ絵の中の市場が、実際の姿と同じとは限らない。例えば『心象風景』は香港の市場を背景にしているが、果物店の屋根に載っているのは、香港でなくマカオにあるMGMマカオの黄金のライオン像だ。このように実在する市場を基にしているが、それぞれ違う時代や場所も織り交ぜて構成している。
厚さが異なる紙を重ねて、背景の一部をぼかした作品も目を引くが…?
『ある秋の日、彼らと共に』
30×120㎝
壮紙(韓紙)に混合彩色
2011年
風俗画に登場する背景を壮紙に描き写し、その上に現在の風景を描いた薄く透明な韓紙(ハンジ、韓国の伝統的な紙)を重ねて、非現実的な雰囲気を出そうとした。こうして場所を混ぜたりしても、市場が好きな人たちは、その絵がどこなのかすぐに分かってしまう。市場の地面に落ちているツバキの花を見て「全羅南道(チョンラナムド)の求礼(クレ)にある市場だ」と一発で言い当てた人もいるほどだ。
誰よりも多くの市場を訪れていると思うが…?
『共存の時間』
130×162㎝
壮紙(韓紙)に混合彩色
2011年
この10年間、市場を中心に旅行することが多かった。それでもまだ行ったことのない場所があるほど、韓国には昔ながらの市場がとても多い。唐辛子で有名な所もあれば、韓牛(ハヌ、韓国在来種の牛)で有名な所もあって、特産品もさまざまだ。同じ市場でも季節によって風景が異なるので、いつ行っても新鮮だ。しかし近ごろ、昔ながらの市場が姿を消したり、昔の姿を失ってしまうことも多いので残念だ。それで、たくさん絵にして残しておきたいと考えている。
今後の計画は?
最近、新作を発表したが、幸いなことに反応が悪くないので続けていこうと思っている。四角いキューブの内側と外側に風景と人物を描いて、自分の中にある心象を人為的なセットとして再現した作品だ。この新作に背景として市場は出てこないが、韓国人の情緒を扱っているという点に変わりはない。