ただ泊まるだけでなく、多彩なライフスタイルを経験できる場へとホテルが進化している。そのため、韓国のホテルは、旅行の一部ではなく旅行の目的になるほどバラエティーに富んだ経験を提供している。
巨済(コジェ)ベルベディア。巨済島にあるリゾートホテルで、海を見ながらヨガを行うウェルネスプログラムを実施している。このように近年、休息に集中できるヒーリングの場として、ホテルの役割がいっそう強調されている。
© ハンファホテル&リゾート
ヒップスター(特定の文化に敏感な人)が好んで読む雑誌『MONOCLE(モノクル)』は、生活の質をテーマにしたモノクルコンファレンスを2019年にスペインのマドリードで開き、旅行の意味を再定義した。これからの時代の旅行は、非日常的な経験を通じて、日常の創造力を満たすものになると予測したのだ。旅行に欠かせないホテルも同様だ。従来のホテルの役割は、旅行先で快適に眠れる場所を提供することだった。旅行に行く際には、目的地を選んだ後、良さそうな場所にある宿泊先を決めるのが一般的だった。しかし今や、それだけでは十分とはいえない。眠る以外に、ホテルでどんな経験をできるのかが問われているからだ。
今やホテルは「余暇」というカテゴリーの中で、百貨店、遊園地、さらには動画配信サービスのネットフリックスとも競争しなければならない。「ホテルに行く理由は?」という問いに、韓国のホテルはそれぞれ多彩な答えを示して、利用者の心をつかんでいる。
ビスタウォーカーヒル・ソウルの客室でレトロなアーケードゲームを楽しむ利用客。新しいターゲット層のMZ世代(20~30代)の好みに合わせて、ホテルのパッケージが開発されている。
© ウォーカーヒルホテル&リゾート
遊び場になったホテル
ホテルは、経済的に余裕のある中高年や富裕層の憩いの場から、若者の遊び場に変わりつつある。その背景には「MZ世代(20〜30代)」の存在がある。この世代は、十分な価値があると考えれば惜しみなくお金を使うという特徴がある。そのため韓国のホテルは、新しいターゲット層のMZ世代の心をつかむため、そのニーズやライフスタイルに合わせてユニークなプログラムを持続的に提供している。
例えば「アンダーズソウル江南(カンナム)」は今年初め、プロフィール写真を撮ることが好きなMZ世代に合わせて、ボディープロフィールパッケージを販売した。ボディープロフィール撮影の専門スタジオとコラボレーションして、50室限定で用意したものだ。そのパッケージの名前が「ラブ・ユア・セルフ」だった点にも注目したい。ボディープロフィールは、誰かに見せるためだけでなく、健康な体づくりが自己肯定感を高めるとアピールしたのだ。
さらに、MBTI診断のタイプ別にお薦めのホカンス(ホテルでのバカンス)コースを提案するパッケージも登場した。MBTIは、母のブリッグスと娘のマイヤーズがスイス人心理学者ユングの『心理学的類型』に基づいて考案した性格診断テストだ。近年、MZ世代が自己紹介に取り入れるほど一般的になっている。四つの領域でそれぞれ好む傾向によって類型が分かれる。例えば、興味・関心の方向が外向きの人はE型、内向きの人はⅠ型に属する。パラダイスホテル釜山(プサン)とパラダイスシティは今年3月、このような診断結果に基づいて、ホテルの屋外で様々なアクティビティーを体験できるE型商品とホテルの中でリラクゼーションとグルメを楽しめるⅠ型商品を販売した。
フィルムカメラのアナログな感性を思い起こさせるプログラムも、好感触を得ている。コーロングループのホテルは、今年の春のパッケージにレトロを取り入れた。アップサイクル(良いものに作り替える)されたモノクロフィルムカメラをプレゼントして現像サービスも行うパッケージで、スマートフォンのカメラに慣れたMZ世代から大きな人気を得た。フィルムカメラはMZ世代にとって馴染みのないものだが、数年前から続いているレトロブームによって、レンズ付フィルム(使い切りカメラ)も売れ続けている。
環境意識が高まり、ビーガン(完全菜食主義者)が増えているのも、自分の主観や信念に基づいて物を選ぶMZ世代の存在が背景にある。中でもホテルのアメニティーが代表的だ。環境に優しい旅行を求める人が増えているため、プラスチック減量キャンペーンにホテル業界も参加している。その他にも、ビーガン・メニューを充実させ、ビーガン向けのカクテルもそろえるなど、価値を優先する若い利用者の心をつかむために取り組んでいる。
完全なリラクゼーション
リラクゼーションとヒーリングの場としてホテルがさらに注目されている点も、最近のトレンドだ。燃える焚き火をぼんやりと見つめたり、川や湖を静かに眺めたりすることを「モンテリギ(ぼーっとする)」という。数年前から流行しているが、最初は生産的でないと否定的な見方もあった。だが、何かに追われるように競争社会を生きる現代人に心理的な安定をもたらすという医学的な裏付けによって、ヒーリング療法として定着してきた。このような現象は、特にコロナ禍の長期化による社会的な疲労感の高まりを受けて、いっそう拡大している。
こうした現在の文化現象を反映して「モンテリギ・パッケージ」を提供するホテルが多くなっている。例えば、海が見える客室のテラスで心地よい海風を浴びながら、音楽とともにのんびり休む「パダ(海)モン」。瞑想に使うシンギングボウルの振動と周波数や、ASMR(心地よい音)で心の安定を図る「ソリ(音)モン」。原生林の散策路や樹木が発散するフィトンチッドの香りあふれる森を歩く「スプ(森)モン」。実に様々な嗜好に合わせたヒーリングパッケージが販売されている。
さらに、芸術的な感性を高める空間へとホテルが拡張される傾向も見られる。近年、芸術作品への関心が高まり、愛好家が増えている点も影響している。仁川(インチョン)国際空港の近くにある「パラダイスシティ」は、オープン当初から「アートテインメント(アート+エンターテインメント)」というコンセプトを掲げてきた。世界的な芸術家の作品からパラダイスグループが支援する新人の作品まで鑑賞できるため、ホテルを見て回るだけで現代アートに十分接することができる。特にMZ世代にとっては、自らの体験を写真に残して、多くの人に見てもらうことが大切だ。オープン時から話題になった草間彌生の作品は、このホテルが人気の撮影スポットになるのに一役買った。
ホテルのごみを減らす環境キャンペーンも、近年のホテル業界で顕著な環境に配慮した取り組みの一つ。写真は、JWマリオット東大門(トンデムン)スクエア・ソウルにおいてシーズン限定販売中の客室パッケージで提供されるエコ・アメニティー
© JWマリオット東大門スクエア・ソウル
パラダイスシティのカジノにあるMioon(ムィン)作のキネティック・アート(動く美術作品)『Gold Carousel』。アートへの関心が高まり、ホテルの役割が芸術的な感性を豊かにする空間へと拡大している。
© PARADISE CITY
ソウルの弘大入口駅前にあるL7弘大(ホンデ)。利用客は、好みに合わせてLPレコードを聞くことができる。インディーミュージシャンの路上ライブなど多彩な文化イベントが行われる同地域の特徴を反映している。徴を反映している。
© ロッテホテル&リゾート
地域コミュニティー
ソルビーチ三陟(サムチョク)の海辺の散策路。利用客は、海を眺めながら、ギリシャのサントリーニをモチーフにした施設を利用できる。「モンテリギ(ぼーっとする)」がウェルネスのトレンドになり、心地よい海風を感じながら、ゆったりと休息を楽しめるサービスが、さらに注目されている。
© SONO INTERNATIONAL Co., Ltd.
毎週土曜日にホテルの広場で開かれるプレイスキャンプ済州のフリーマーケット「コルモク(路地の意)マーケット」。地元のクリエーターの作品が並んでいる。
© Playce Camp Jeju
地域社会との連携というコンセプトが増えている点も、注目に値する。例えば「メゾングラッド済州(チェジュ)」は、ホテルから1時間以内の観光スポットを見て回るパッケ ージを販売した。済州といえば思い浮かぶ代表的な観光名所だけでなく、地元の人たちが薦めるローカルな場所まで、生き生きとした済州の隠れた魅力に出会える企画が際立っている。
また「慶州(キョンジュ)コーロンホテル」は、新羅(紀元前57-935)の都だったという地域の特色を活かして商品を開発した。高麗時代の歴史書『三国遺事』(1281)の記録に基づいた王室の伝統的な飲み物やスラサン(王の食膳)が味わえ、韓国の歴史も学べる点が魅力だ。
そうした流れを受けて、コミュニティーホテルも業界の新しいトレンドになっている。ホテルのある地域社会の歴史、自然環境、建築物、食べ物を経験するだけでなく、地元の人たちとのコミュニケーションの中心としてホテルの役割が期待されているのだ。その代表的な例として、済州の城山(ソンサン)にある「プレイスキャンプ済州」が挙げられる。20~30代向けの宿泊・商業施設だけでなく、美術、ヨガ、創作(物書き)、アウトドアなど、地域の資源とホテルの施設を活用した多彩なコンテンツを提供している。地元のクリエーターが参加する週末のフリーマーケットは、ホテルの宿泊客だけでなく、地元の人たちにも人気が高い。その他にもソウルにあるローカルステッチ、忠清南道(チュンチョンナムド)公州市(コンジュシ)にあるゲストハウスのポンファンジェ、江原道(カンウォンド)旌善郡(チョンソングン)にあるマウルホテル18番街など、旅行客、地域の商業施設、住民をつなぐコミュニティーホテルが増えつつある。
チェ・ジヘ ソウル大学校消費トレンド分析センター研究委員