最近の韓国コメディ、いわゆるK-コメディに新らしい潮流が生まれた。レガシーメディア(新聞・テレビなどのオールドメディア)から脱し、ユーチューブのようなニューメディアへと舞台が移行し、形式も内容も大きく変わった。ユーチューブ番組『ピシク大学』は、その変化の最前線に立っている代表的な例である。
『ピシク大学』の人気コンテンツ「ピシク・ショー」に、歌手チョン・ソミ(全昭彌)がゲスト出演している。国内アーティストだけでなく、フランス作家のベルナール・ウェルベル(Bernard Werber) やカナダのシンガーソングライターのダニエル・シーザー(Daniel Caesar)、米国アーティストのミスチーフ(MSCHF)など、国内外の名士がゲストとして出演。昨年の「2023百想芸術大賞」で、ユーチューブ・チャンネルとしては初めてテレビ部分芸能作品賞を受賞した。
ⓒ META COMEDY
「私はコメディと芸術は非常によく似ていると思います。時代が変わると新しい芸術家が生まれますよね。例えば、後期印象派のようにです。我々はいわゆるユーチューブ系のファン・ゴッホ、ポール・ゴーギャン、そしてポール・セザンヌです」
2021年11月にユーチューブ・チャンネル『ピシク大学』にアップロードされたコンテンツ『ザ・トーク』で、「コメディとは何ぞや?」というMCの質問に対するコメディアンのイ・ヨンジュ(李鏞柱)の回答だった。彼は一緒に『ピシク大学』を率いるキム・ミンス(金珉洙)、チョン・ジェヒョン(鄭宰瀅)、そして自分自身をそれぞれ「ユーチューブ系のフィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーギャン、ポール・セザンヌ」と称した。
『ピシク大学』が投げた「出師の表」
インタビュー形式で進行される『ザ・トーク』は、それ自体がコメディそのものである。ユーチューブというグローバルプラットフォームにふさわしく、このチャンネルはグローバルトークショーを標榜している。そのためか、外国人女性の司会者が英語でインタビューをする。もちろん、時々コングリッシュ(コリアンとイングリッシュを組み合わせた造語)や韓国語も出てくるが、彼らの態度はまるで米国の有名トークショーにでも出演したかのように自信満々だ。高慢な態度と真剣な表情で、最初から自分たちを「世界の先頭に立つ最高のコメディグループ」と名乗る彼らの姿が笑いを誘う。しかし、これはコメディであると同時に、彼らが投げた新しい「出師の表」のように感じられる。時代が変わると新しい芸術家が生まれるように、自分たちも新しいコメディの時代を切り拓いていくというのだ。多少破天荒にも見えるこのトークショーは、「ザ・ピシクショー」というタイトルで『ピシク大学』の代表コンテンツの一つとして位置づけられている。
チャンネル登録者数が264万人に達する『ピシク大学』は、かつて週末の夕方になると家族全員テレビの前に集まって楽しんでいたスタジオ公開形式のコメディの時代の幕が下りるとともに急浮上した。KBSの『ギャグコンサート』、SBSの『ウッチャッサ』、MBCの『ギャグヤ』など、多くのスターコメディアンを誕生させたコメディ番組は全盛時代を謳歌した20年余りの歳月の間に、次々と番組が打ち切られてしまった。ついに2020年6月、最後まで生き残っていた『ギャグコンサート』まで終了となり、終にはスタジオ公開形式のコメディ時代は幕を閉じた。それから3年が経った2023年11月に『ギャグコンサート』が再復活したが、以前のような勢いは感じられない。KBSという公営放送としてコメディの命脈を保つという名分にとどまっている程度に過ぎない。
スタジオ公開形式のコメディ番組の勢いに陰りが見えると、そこから抜け出したコメディアンたちはユーチューブに活路を見出し、新しい道を歩み始めた。最初に公開形式のコメディが持つ「サバイバル構造」のもとでは自分の力量を充分に発揮することができなかったお笑い芸人たちが、ユーチューブに個人チャンネルを作成する形で始まった。その後、ユーチューブというプラットフォームに段々慣れてきたコメディコンテンツが次々と生まれ人気を集めると、チャンネルそのものが一つのブランディングへと向かった。登山大好きおじさんたちの集まりというコンセプトの「ハンサラン山岳会」、2005年度に大学に入学した大学生たちの姿を再現した「05学番イズバック」、男性5人とテレビ電話で合コンをするコンセプトの動画「B対面デート」などといったヒットコーナーを生み出した『ピシク大学』や「長期恋愛」などハイパーリアリズム的な性格を持つスケッチ・コメディを作り出した『ショートボックス』がその代表的な例である。
『ピシク大学』のコンテンツ「05学番イズ・バック」から派生した「05学番イズ・ヒア」は、2005年当時のキャンパスを牛耳っていた彼らが中年になった現在の状況を背景としている。2020年代を生きる韓国の30代が直面する社会像と新都市の夫婦の日常を繊細に模写し、視聴者の共感と人気を呼んだ。
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山岳会に所属している中年のおじさんたちの話を描いた『ピシク大学』の「ハンサラン山岳会」は、私たちの周辺に実際にいそうなおじさんたちの姿を、それぞれのキャラを際立たせて見せることで面白さを増した。
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変わったメディアプラットフォーム、変わったコメディスタイル
変わったメディアプラットフォームは、配信されるコメディにも大きな変化をもたらした。従来のスタジオ公開形式のコメディが舞台という限られた空間で展開されるコント・コメディにとどまっていたとすれば、ユーチューブのような新しいメディアで繰り広げられるコメディは、まずコンテンツの背景が日常へと変わった。最初は日常で繰り広げられるドッキリカメラが人気を集めたが、その後、本物よりも本物らしいハイパーリアリズムが感じられるスケッチ・コメディが大ヒットしている。
また、コメディアンのクァク・ボム(郭範)、イ・チャンホ(李昶浩)が率いる「パンソングク」では、補正カメラを使ってタンとジェイホという男性2人組の「マッドモンスター」を結成した。サブキャラで新しい世界観が作られ、いわゆる「世界観コメディ」というジャンルが生まれたのである。新しい世界観に夢中になったファンたちが仮想の設定にも本気で反応してくれたおかげで、現実世界のビジネスと結びついたのである。一例としてマッドモンスターのキャラクター・グッズなどがイベント商品として販売されたことがあげられる。このようにレガシーメディアにとどまって舞台から離れられなかった従来のコメディは、ユーチューブという開かれた世界に出会ってから素材や形式がますます多様化している。『ピシク大学』のコーナーの一つである「ピシクショー」は、ユーチューブというグローバルプラットフォームのおかげで人気トークショーに浮上。今や、BTSのメンバーRMやパク・ジェボム(朴材汎)、ソン・ソック(孫錫求)など国内の有名スターはもちろん、海外のグローバルスターや名士も出演するほど人気を集めている。映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に出演したアメリカの俳優クリス・プラット(Chris Pratt)や映画監督ジェームズ・ガンに直接「世界一最高のショーに出演した感想」を聞かせてもらったり、小説『蟻』の著者ベルナール・ウェルベル(Bernard Werber)に個人投資家(注:韓国では個人投資家を「あり」と呼ぶ)の未来について質問するといった新しい形のトーク・コメディの世界が開かれた。また、それぞれ個人チャンネルを運営しているものの、すでにお笑い芸人の中では先輩と後輩という絆でつながっている彼らの関係が、様々なコラボレーションを通じた世界観の結合を可能にした。ユーチューブというプラットフォームに基づくコメディ・ユニバースが切り拓かれたのである。
その後、ユーチューブですでに確固たるブランドとして定着している個々のチャンネルが集まって「メタ・コメディ」というコメディレーベルが設立されるに至った。ユーチューブを基盤とするコメディレーベルは、これまで個人チャンネルとして散在していたコメディ系ユーチューバーを一つに統合することで、実質的なビジネスが可能になったという点と、これまでのレガシーメディアのコメディとは異なる新しい時代のコメディを宣言できるようになったという点で意味がある。
「マッドモンスター」は『パンソングク』の爆発的なチャンネル購読者数を記録した代表コンテンツ。スマホアプリのビューティーフィルター効果を利用して、男性2人組のボーイズグループというコンセプトで活動した。
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K-コメディ、グローバル反響呼べるか
私たちがイギリス出身のコメディアン兼俳優のチャールズ・チャップリン・ジュニアの演技やイギリスの人気シチュエーション・コメディ『Mr.ビーン』を見ながら笑って楽しんだように、コメディには時代や国、言語の壁がないように思われる。しかし、これらのコメディが言語そのものよりは原初的なボディランゲージを使っている点では、言語や文化の壁が全くないとは言えないだろう。実際に、お笑いはその文化圏だけが持つ独特の情緒のようなものを完全に排除できないのである。
しかし、ユーチューブのようなグローバルプラットフォームがかえってこのような情緒的壁を崩す役割をする場合もある。『ピシクショー』が直接アメリカに行ってスタンダップコメディアンの一人、ウォルター・ホンにインタビューをした際のことである。インタビューの途中で、ウォルター・ホンは生半可な英語を駆使するコメディアンたちを指して「英語がへたくそだ」と言いながら言葉遊びをするのだが、続いてイ·ヨンジュが「紹介」という単語を韓国語に例えて文字通り「Cow Dog」と直訳するとウォルター·ホンも相槌を打ちながら「Cow Crab」と答える。このような過程を通して韓国語と英語という言語の壁をお笑いというコードに昇華させているのである。
お笑いの起源のひとつに、見知らぬ人同士が野生でばったり出くわした場合に、相手に自分が危険な存在ではないということを伝えるために生まれたという説がある。つまり、お笑いを通じて互いに異なる文化や情緒、言語などはそもそも越えられない壁ではなく、越えなければならない壁として認識していたという意味でもある。そのような点で『ピシク大学』のような自称「世界一の最高のコメディグループ」が、今後ユーチューブのようなグローバルプラットフォームを通じてどのような歩みを描いていくのか楽しみだ。それはK-コメディがグローバルステージへ向かっていく道のりであると同時に、これまでのさまざまな壁を「お笑い」という媒体を通して崩していく道のりでもあるからだ。