「シナリオを受け取った瞬間からムダンになる」と語るチョ・サンギョン(趙常景)は、常に作品を執拗に解釈し徹底的に考証してきた。『オールドボーイ』をはじめとする数多くの映画の衣装を担当してきた彼女が今、大人気のテレビドラマ『ミスターサンシャイン』で再び韓国を代表する衣装監督として注目を浴びている。
韓国を代表する衣装監督チョ・サンギョン(趙常景)は、作業の完成度を高め自分の求める水準の衣装を作るために、活発なリサーチを行い、関連文献や映像資料をくまなく調べてまわる。
初対面の人の目をじっと凝視するというのはなかなかたやすいことではない。シャイでなくてもそうだ。エチケットの本には「初対面の人に対するときには視線は相手の目と目の間にあてるように」というアドバイスが書かれているほどだ。しかしチョ・サンギョンは、真正面からじっと見つめてくるのでこちらが眩しいと感じてしまうほどだった。彼女はそんな風に『ミスターサンシャイン』とも真正面から対決した。
チョ・サンギョンは『オールドボーイ(2003)』、『親切なクムジャさん(2005)』、『グエムル-漢江の怪物(2006)』のような海外の映画祭で賞を受賞した作品をはじめ『神と共に』、『タクシー運転手-約束は海を越えて』など最近の代表的なヒット映画の衣装も担当してきた。その中でも彼女の作品が特に輝くのは時代劇においてだったが、最近、映画よりもはるかに大衆的な媒体であるテレビドラマを通じて、これまで業界内でだけ知られていた彼女の名前が広く大衆にまで知られるようになった。
徹底した考証
チョ監督が映画『神と共に』の閻魔大王の衣装をチェックしている。実在しない人物の衣装を作るために彼女は無限の想像力を発揮する。
作家と演出家が10年間、台本を温めてきたという『ミスターサンシャイン』は、最初から「商品」ではない「作品」を目標として制作されたドラマだ。数多くの映画や舞台公演で縦横無尽にその実力を発揮してきた彼女にとってもテレビドラマは新鮮なジャンルだった。そしてその新たなチャレンジを全身で受け止めることにした。難しいほど大きなチャレンジであり、本当の「作品」になるだろうという予感がしたからだ。
手を抜かないことで有名なチョ・サンギョンが事前制作期間が11カ月もあったこのドラマではどれほど入念に準備したのか、まずたずねてみた。しかし事前制作期間は長かったが、彼女に与えられた時間はわずか1カ月ほどに過ぎなかった。しかも、そもそも16部作で企画された作品が20話に延長されることが決まり、またさらに24話に延びたため、その短い期間に彼女が準備しなければならない作業はさらに増えた。映画は基本的に完結した台本をもとにスタートし、そのうえ5カ月以上プリプロと呼ばれる撮影前の準備期間がある。しかし『ミスターサンシャイン』はテレビドラマの特性上、ストーリーの展開についての監督の簡単な説明と最初の2話分の台本だけで全体の衣装コンセプトを決定しなければならなかった。
そんな困難な条件にもかかわらず、彼女の徹底さはドラマのあちこちで光を放った。米海兵隊将校のユジン・チョイ役で出演した主演のイ・ビョンホンの軍服に関する話を聞いてみよう。「最初に私はユジン・チョイの所属を海兵隊ではなく海軍にしようと提案しました。当時は海兵隊の軍服よりも海軍の軍服のほうがずっと素敵だったからです。しかし受け入れてもらえませんでした。正直、いまだに主人公の衣装が気に入りません。しかし軍服の形を勝手に変えるわけにはいきません。作品の背景となった19世紀末から20世紀初めのアメリカ海兵隊の軍服を再現するためにずいぶん苦労しましたが、それでも結局、苦情がきました。軍服のエムブレムの位置が違うと。仕方がありません。間違いました。すみませんと謝りました」。
チョ・サンギョンは最大限リアリティを追求しようとアメリカに軍服の製作を依頼した。それも服と帽子と靴をそれぞれの専門家に頼んで完璧をめざした。軍服に対する彼女の研究はずいぶん前からのことだ。
2010年朝鮮戦争を背景とした映画『高地戦』ではじめて軍服をデザインしなければならなくなった際に、彼女はいわゆる「ミリタリーオタク」だという人物と会った。彼らは博物館よりも遥かに多くの軍服をもっているという話を聞いたからだ。
当時彼女はオンラインの「ミリタリー、軍事兵器カフェ」の経営者の家に期待もせずに付いていってビックリしたという。リビングの真ん中に置かれたマットレスを除いてはアパート1軒がすべて軍用品で一杯だったからだ。軍服、軍帽、メダル、バッチなど、なるほど正真正銘のオタクだった。軍隊の話しを狂的に話し続ける彼の情熱に圧倒されてしまい、2回目の訪問の際には話し相手をする男性のチーム長を同行したほどだ。よって彼女はそんなオタクたちからずいぶん助けられ、東部前線の最前方『エロク高地』(激戦地の白馬高地をモチーフとしてKOREAを反対にして作った仮想の戦闘現場)で戦う軍人たちの姿を生々しく再現することができた。このような足でするリサーチは映画の衣装デザインの最初であり最後の仕上げだ。
もう一つのドラマ
映画『親切なクムジャさん』(2005)は、13年間、刑務所に服役したあと出所したヒロインが、緻密に準備した復讐を実行するという内容だ。複雑な内面をもつ主人公を表現するためにチョ監督は、彼女の過去と現在、親切さと復讐の心の隙間を復古調のデザインで表現した。
足でするリサーチだけではない。文献や映像資料もしつこいと言われるほどに調べまくる。ドラマの中でユジン・チョイが参戦した米西戦争の資料を探すためにスペイン映画やドキュメンタリーを見まくった。しかし当時のドキュメンタリーはモノクロで制作されているので軍服の色は分からなかった。ようやくカラー画面のものを探し、何とかそのとおりに作ることができた。その米西戦争の場面は全部合わせても5分にもならない。たとえわずか数分であっても多くの努力が必要だった。
海外注文するといってもそれですべての服が簡単に作れるわけではない。映画『暗殺(2015)』に登場する日本の軍服のサンプルは、日本から直接買ってこようとした。しかし日本の軍服マニアはほとんどが極右派の場合が多く、誰にでも売るというわけではないという。それで仲介人を間に介して何とか購入することができた。これほどになると、衣装製作の過程自体が一つのドラマと言えそうだ。
考証の厳格さは信念をもってしている彼女だが、時には誤解を受けることもある。映画『後宮の秘密(2012)』は、俳優たちの演技と監督の演出に引けを取らないくらい衣装が注目された作品だった。側室たちが着ていた華やかで美しい衣装は徹底した考証を経て誕生したものだった。論文資料から博物館の所蔵品まで数多くの資料をもとにデザインした衣装だった。しかし、映画を見た多くの人々は「あの時代の服ではない」という偏見を抱き、中には「日本風」だと非難する人までいた。幸い、韓服の専門家たちは彼女の努力を分かってくれた。「朝鮮時代中期の衣装を知りたければ、映画『後宮の秘密』を見ろ」という言葉が専門家の口から出たのだ。
「韓服の勉強をしながら残念だった点は、私たちが西洋の服飾史より韓国の服飾史をもっと知らないということです。韓服は大雑把で曖昧にしか理解されていません。朝鮮王朝500年という長い時間のあいだ、韓服デザインが一度も変わらなかったと思いますか」。
それで彼女は韓服専門家にお願いしたいと言う。時代劇の衣装に対して積極的な助言をし関与して欲しいという。人々は本や講義よりも映画やドラマのような大衆的な媒体を通じて韓服について知る機会が遥かに多いからだ。彼女は韓服の価値を広く知らせ、それを正しく再現するには専門家たちが大衆媒体を積極的に活用しなければならないと考える。
チョ・サンギョンは、むやみにその時代のリアリティにあわせた衣装を俳優に強要するのではなく、その時代性が俳優にぴったりあって光を放つようにすることが自分の役割だと考えている。
詩を読もう
映画『お嬢さん』(2016)の一場面だ。1930年代、日本の植民地時代の韓国が背景のこの映画で、冷たくミステリアスな貴族の令嬢というキャラクターを表現するためにチョ監督は、華やかであると同時に節制された魅力を備えた25 着の衣装を作った。
インタビューの間、一つ興味深いことがあった。ファッションデザイナーたちが英語のファッション用語をよく使うのに対して、彼女はそうではなかった。韓国芸術総合学校で東洋画と舞台美術の勉強をした彼女は、その代わりに多読家の顔を見せた。
「子どもの頃、一人でいるのが好きで友達があまりいませんでした。それで自然に本をたくさん読むようになりました。1男4女の兄弟の中で3番目でしたが、母は私がしたいということはすべてやらせてくれました。画室に通い、絵を描くことが楽しい遊びとなっていきました。実のところ私はファッションについて良く分かりません。パターンの作り方も正式に習ったこともありませんから」。
意外な話だった。韓国映画界を代表する衣装デザイナーがファッションデザインを学んだことがないというのだった。しかし彼女は他の面でいぶかしく思うことがあるという。
「映画の衣装を作りたいという学生がシナリオを1本もきちんと読んだことがないというときには本当におかしいと思います。100人中一人くらいかな、大部分がシナリオを読んでいませんね。私がコンセプトを決めるようにと言うと、一斉にポータルサイトの検索を始めるんです。そんな学生たちには詩を読めとアドバイスします。私は本を速読するほうですが、詩は速く読んでも何度も思い浮かんできます。詩で絵をよく描いたものですが、詩を切って組み替えるのが楽しかったですね」。
組み合わせを直すだけではない。彼女は媒介の役割にも長けている。時代劇で俳優たちに服を着せた彼女は、その服を着てどんな姿勢をとるべきか、なぜそういう姿勢をとらなければならないのか教える媒介者の役割もする。そのためテスト撮影が非常に重要だという。衣装には時代の精神がこもっているが、何よりもその俳優に似合っていなければならない。その俳優を輝かせなければならない。チョ・サンギョンはむやみにその時代のリアリティにあわせた衣装を俳優に強要するのではなく、その時代性が俳優にぴったりあって光を放つようにすることが自分の役割だと考えている。
映画『お嬢さん(2016)』の主演キム・ミニの服は、彼女を締め付け一つ一つの動きが優雅でありながらも、極めて節制されるように作られた。それでカメラには映らない下着までもそんなお嬢さんの姿勢が出るようにデザインして着せた。
しかし、すべての俳優にそんな役割をするわけではない。耳を傾ける姿勢ができている俳優、真面目に尋ねてくる俳優だけにするのだ。王の役を何度も演じていながらその度に王の服に対してはじめてのように質問してくるハン・ソッキュ、作品に対する真剣な態度に自然と助言したくなるイ・ビョンホンがそんな俳優だ。最高の俳優たち、最高の監督と共にする仕事は、面白くてたまらないのではないかという質問に彼女はにこっと笑って答えた。
「私は毎晩眠るときに、明日目が覚めないかもしれない、と考えるんです。そしてそれでも問題はないかと一日をゆっくりと振返ります。それが習慣になってしまいました」。
「こんな私おかしいでしょうか?」という表情をして、例のあの強烈な視線で見つめてくる彼女を見ながら心の中で答える。「いいえ、毎日最善を尽くしているのですね。それで人生に対する不平が無い、そんなあなたの人生に悲しい結末はなさそうですね」と。
最近、放送された人気テレビドラマ、『ミスターサンシャイン』に登場する工藤陽花の衣装の一つ。チョ・サンギョン衣装監督は、20世紀の初め漢城で最高のホテルを経営する富裕な未亡人に似合う衣装をデザインした。
『ミスターサンシャイン』の女主人公コ・エシンは外国勢力の侵略から朝鮮を救うために、秘密裏に義兵活動をする士大夫の家柄の女性だ。この服は彼女の社会的身分の品格を表している。
『ミスターサンシャイン』の男性主人公ユジン・チョイは、20世紀初めのアメリカ海兵隊の将校だ。当時の軍服を再現するためにわざわざアメリカ現地に軍服の製作を依頼したほどだ。