西洋では「海のミルク」、韓国では「海の人参」と呼ばれる牡蠣は、世界的に多くの人々に愛されている食べ物だ。塩辛にジすれば長い間ご飯のおかずの心配をしなくてもすみ、それ以外にも牡蠣ジョン、牡蠣入りスープ、牡蠣ご飯など、さまざまな調理法で食されている。栄養豊かで海水の汚染も防いでくれ、いろいろな面で有益な食材だ。
「島の赤ちゃん」は韓国人なら誰でも知っている子守唄だ。赤ちゃんが牡蠣を獲りにいった母さんを待ちながら一人眠ってしまう様子が目に浮かび、大人になった後でも長い間、心に残る美しい子守唄だ。その一方で、海岸沿いに暮らしていた先史時代の人々が、食べて捨てた牡蠣の貝殻が積もって墓のようになった貝塚もあり、子守唄だけでなく歴史の中にも牡蠣は存在する。私自身もまた然り、貝や巻貝、カタツムリなどを扱う軟体動物学を専攻しているので、牡蠣とは切っても切れない縁があると言えるだろう。
海辺で研究材料の採集をしていると、牡蠣とりをしている女性たちをよく見かける。自然と親しくなりいろいろな話を交わすようになるが、そんな世間話をしながらでも彼女たちは一時もその手を休めようとはしない。
日に焼けた褐色の手で休みなく岩についた牡蠣をとっている島の女たちをじっと見ていると、そのすばやい手さばきにこちらの目が回ってしまいそうだ。普通の人には絶対にできないことだ。先が丸くカーブした鉄の鉤を手にして、牡蠣の閉じた口から刃先を入れて貝柱を切り、上の殻を開けて白い身を刺して取り出し器に入れる。そんな動作に無駄な動きがなく、一瀉千里にてきぱきとこなす様子はまさに達人の域だ。
2枚貝の片方は岩にしっかり付着しているが、それを左殻といい、上部のほうを右殻といって、こちらのほうにややふくらみがある。牡蠣はまた他の言葉でクルチョゲ、ソックル、ソッファ(石花)などと呼ばれる。これらの名前の中で意外に思えるのが石花だ。海岸の岩に石の花が咲くという意味なのか。しかし遠くから見ると、片方の殻を剥がされた白っぽい左殻が黒っぽい一枚岩にびっしりと付着している様はまるで岩に咲いた花のように見える。
呼吸と接食で環境を保護する牡蠣
海辺の岩や石にくっついている天然の牡蠣は「オリクル」といい、それを漬けた塩辛がオリクルチョッだ。ご飯泥棒と言われるほど美味しいオリクルチョッは、その名前を聞いただけで韓国人は唾が出てくるほどだ。ここで「オリ」という言葉は「オリダ(幼い)」「チャクダ(小さい)」という意味だ。オリヨンコッ (Nymphoides indica、ガガブタ), オリヨチ(Prosopogryllacris japonica、コロギス), オリホバクポル(Xylocopa iculatacircumvolans、クマバチ)のような生物の名前も似たような作名方式だ。
韓半島沿岸に生息する牡蠣は3属10種に分類される。これらは海水と淡水が交わるところや、満ち潮と引き潮が出会う潮間帯から海面下20mあたりに生息する。牡蠣の殻は他の貝のようになめらかではなく、鋭くごつごつとして鱗のような模様をしている。前述のとおり牡蠣は殻が二つの二枚貝だ。また足が斧に似ているところから斧足類(Pelecypoda)と呼ばれたりもする。満ち潮の時には海水に浸かり、引き潮の時には空気にさらされる海岸線の潮間帯でとれる牡蠣は、引き潮の時には右殻がぎゅっと閉じて、満ち潮の時にはすーっと開く。
牡蠣はエラで呼吸と接食をする。エラでガス交換、すなわち息をするのはもちろんプランクトンや有機物をろ過して食べる浄化接食(filter feeding) をしている。一個の牡蠣が1時間に5リットルもの海水を浄化しており、窒素成分を含めた有機物質、燐酸、プランクトン、細菌をろ過して海水が汚染される富栄養化を防ぐ。だから牡蠣は存在自体が環境に優しい生物なのだ。
成人病の予防に一番良い食品
伝統的な韓国料理でオリクルチョッをはじめとしていろいろな料理に使われる牡蠣は、香りが一品だが栄養素も豊富に含んでいる。昔から西洋では牡蠣を「海のミルク」と呼び精力材だといわれてきたが、韓国式に言えば「海の人参」というわけだ。形もそうだが実際に牡蠣には男性ホルモンのテストステロンの合成に必要な亜鉛が一杯含まれている。そして無機塩類のセレン、鉄分、カルシウム以外にもビタミンAとB12、Dがたっぷり入っている。
さらに牡蠣は高血圧、脳卒中、動脈硬化、肝臓病、癌のようないろいろな成人病を予防するのに一番良い食品だ。牡蠣は生食することもあるが、牡蠣ソース、和え物、牡蠣ご飯、韓国式お好み焼き、スープ、蒸し物などいろいろな調理方法で食されている。またキムチにも牡蠣を入れる。「牡蠣を飲むようにする」という韓国のことわざがあるが、これは何かをする時ためらわずにすんなりすることを意味する。牡蠣は身がプルプルしていて歯の弱いお年寄りも簡単に食することができる。
このようにさまざまな調理方法で誰でも簡単に食べることのできる牡蠣ではあるが、年中生で食べることはできない。西洋ではカレンダーにJanuary, February, Septemberのように名前に「R」の字が入っている月には、生牡蠣を食べても安全だと言われてきた。反対に「R」の入っていない5~8月は、毒性のある産卵期であるうえに海水に何種類ものビブリオ菌、サルモネラ菌、大腸菌などが繁殖しているので、火を通さないで食べると食あたりを起こす。
人口が増えるにつれ天然ものの牡蠣が需要に追いつかなくなり、そのため最近では養殖の牡蠣をたくさん食べるようになった。牡蠣の稚貝(spat)は1年で長さが7cm、重さが60gくらいに育ち、2年後には 10cm、140g以上になり、その後はぐっと成長が遅くなる。牡蠣は普通5~8月頃に受精、産卵して幼生の時期を海に浮遊して過ごした後で、小さな稚貝となり岩や石、他の牡蠣の殻に付着し成長する。
1個の牡蠣が1時間に5リットルの海水を浄化し、窒素成分を含んだ有機物質、燐酸、プランクトン、細菌などをろ過して海水が汚染される富栄養化を防ぐ。だから牡蠣はその存在自体が環境に優しい生物なのだ。
香りが良く栄養豊かな牡蠣。生牡蠣は醤油や酢コチュジャン(唐辛子味噌)につけて食べ、その他にも牡蠣飯、牡蠣スープ、牡蠣チョンなどさまざまな方法で調理される。牡蠣飯は牡蠣以外にもいろいろな食材を入れて炊き、出来上がったご飯の上に薬味醤油をかけて混ぜ合わせて食べる。
真珠はたかだか炭酸カルシウムに過ぎない
牡蠣の養殖はほとんどが、太い綱に死んだ牡蠣の殻をたくさんつけて水面下に垂らして育てる垂下式だ。統営を中心とする南海岸は冬温かく、潮汐の干潮差が少なく、島が多いため波が静かで垂下式の牡蠣の養殖にぴったりだ。干潟の広い西海岸では平たい岩の間に投げ捨てる投石式と網の袋に稚貝を入れ、平たいところに乗せておく水平網式で育てている。
投石式と水平網式で育てた牡蠣は、天然ものの牡蠣のように夏には真夏の太陽に照りつけられ、冬には身を切るような寒風を受ける。このような過酷な環境におかれた生物は万一の場合に備えて、身全体にさまざまな特殊な栄養素をいっぱい貯め込む。それで常に水の中に浸っている南海岸の垂下式よりは、西海岸の潮間帯の干潟でとれる投石式と水平網式の牡蠣がより美味しい。植物も野生種は環境の悪条件に耐えようと特別な植物化学物質を十分につくりだすので、大事に手をかけて育てた栽培種よりも健康に良いというのと同じことだ。人も同様で若い頃に苦労して成功した人はだいたい人間味にあふれて、情の厚さが感じられるものだ。それで「若いときの苦労は買ってでもしろ」といわれるのだ。
牡蠣と真珠貝は非常に近い関係で牡蠣からでも真珠が生まれる。何かの拍子に寄生虫や異物が真珠貝や牡蠣に吸い込まれて貝殻と外套膜の間にはさまれることがたまにある。そういうときには外套膜からそれらを無毒化しようと真珠の成分が分泌され、それが幾重にも重なっていく。何年にもわたって真珠層の構成物質がその異物に重なると天然産の真珠になる。
これに倣って厚い淡水貝の殻を小さく切った後、砕いて作った丸い小さな粒を、海の真珠貝や淡水貝の殻と外套膜の間に挿入して真珠を作る。これが人工真珠だ。しかし真珠がいくら貴いといえども、顕微鏡でのぞいて見ればただの炭酸カルシウムの塊に過ぎない。ダイアモンドが固い炭素の塊に過ぎないのと同じようにだ。
干潟の広い西海岸で育った牡蠣は、日差しと風に繰り返しさらされるので、常に水の中に浸かって育つ南海岸の牡蠣にくらべて味も食感も良い。