文明の歴史の中で文具は欠くことのできない道具である。顔料を用いた旧石器時代の洞窟壁画、無重力状態の宇宙での記録手段となる宇宙ボールペン…。特に韓国では昔から文字を書いたり、絵を描いたりする際に使う文具を「文房四宝(四友)」と呼んで、友と表現してきた。時代とともに進化してきた文具は、近年「好みの道具」となっている。
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鉛筆はある人にとっては創作の燃料であり、とある人にとっては思い出のツールとなりえる。歴史の中で鉛筆をはじめとする「文具」は、数多くの発明品の傍に常に存在していた。しかし今や、人々は紙とペンの代わりに当然のごとくスマートフォンを手にしている。メモアプリを開いて記録し、写真を撮ったり、録音したりする。絵を描くときも同様だ。タブレットPCやスケッチパッドを開き、多様な彩色を作り出し質感を表現する、実に簡単便利だ。では紙とペンをはじめとする文具は、将来的に消えてしまうのだろうか。その答えは「ノー」だと確信できる。
「ディギング」トレンドと結びついた文具
文具マニアが登場し始めたのはある意味当然な流れだ。皆が同じようにスマートフォンを持ち、キーボードを叩いている千篇一律なデジタル社会で文具は、個人の「嗜好品としての道具」となるのに十分だったからだ。商品一つ一つにさまざまな誕生エピソードがあり、使う人の多様な好みに合わせられる、こんなに豊かなアイテムが他に存在するだろうか。鉛筆だけ見ても使う人の手(右利き、左利き)、重さ、色、木の種類、触感、黒芯の濃淡など、様々な条件に従い選択の幅は無限だ。
流通業界ではこのように自分の好みにあった物を集中的に極めていく行為を、ディギング(Digging:深堀り)という単語で表現している。1年の消費トレンドを分析する図書『トレンドコリア2023』には「ディギングモメンタム(Digging Momentum)」という単語が登場する。これは自分が好きな分野にさらに深く没頭していくことを意味する。
国内最大の万年筆同好会ペンフード(PENHOOD)は、ディギングトレンドの代表的なケースだ。万年筆、筆記具、手書きを愛する人々が集まるここは、およそ4万6000人に達する会員を保有している。ペンフードが定期的に開催するオフラインイベントのペンショーでは、数十個のブースで様々な万年筆コレクションを見ることができる。
様々なアイテムで自分の個性と好みを表現するのに最適な「ダイアリークミギ(手帳デコ)」は、誰でも手軽に始めることのできる趣味活動となっている。
© モナミ
韓国を代表する文具ブランドのモナミは、ソウル聖水洞にオフライン(実店舗)「モナミファクトリー」をオープンした。そこでは商品の購入はもちろん、モナミの歴史と商品紹介、様々な体験などを通じてブランドのすべてを知ることができる。
© モナミ
コロナ禍と共に増大した「手帳デコ」文房具市場
特に最近の文房具の趣味はより一層多様化して、細分化されている。そして、3年間続いたコロナ禍の間にトレンドは変化した。人々は室内で過ごす時間が増えたのに伴い、アナログ活動に対する欲求の解決策として、自分に集中できる趣味活動を探した。
その中でも「ダイアリークミギ(手帳デコ)」は特別な技術や決まった方法があるわけではなく、誰でも手軽に始められる趣味活動となった。さしづめ手帳デコは大金が必要な趣味ではなく、500~3000ウォンくらいの新しい文具アイテムを購入さえすれば、誰でも簡単に始められる。多様なアイテムで自分の個性と好みを表現するのに慣れている若い世代を中心に手帳デコ文化が広がり、オン・オフライン市場で文具アイテムもまた売上のヒット商品となった。
そしてスマートフォンに慣れた世代にとって「手帳デコ」は異色のレトロ文化でもあった。真っ白なノートにペンで絵を描き、手書きで文字を書き、シールや各種パターンの印刷されたマスキングテープ、紙などを貼り付ける手帳デコは時間つぶしにも最適だった。
文房具マニアのための居場所
「小さな鉛筆店黒芯」は、今や思い出のアイテムとなった鉛筆の価値について改めて考えさせられる空間だ。製造停止となった商品からコレクション品まで、様々な美しい鉛筆が展示されている。
© イ・スンヨン(李承姸)
街から文房具店がだんだんと姿を消している。7月15日に放送されたMBCのバラエティ番組「遊ぶなら何する」では、廃業間近の文房具店の在庫整理を手伝おうと出演者たちが、一日営業社員に変身していた。文房具店の廃業は昨日今日の話ではない。街の古くからの文房具店・文具店の数はだんだんと減っており、その跡には生活用品店や無人文具店などに置き換わっている。
しかし一方で、人々の郷愁の想いからだろうか。人の温もりや思い出の詰まった文具の空間が生まれている。「文具」という商品に特化したことで、ソウルの聖水洞、弘大入口、鍾路区、梨泰院などのいわゆるホットプレイスに位置しており注目されている。
韓国の文具メーカーモナミのオフラインスペース「モナミストアー」もまた若い世代に人気のホットプレイスだ。去年、聖水洞にオープンしたモナミストアー聖水店は、1963年に販売を開始した国内初のボールペン「モナミ153」が製造されていた聖水洞工場をモチーフとして、現代的に再解釈された空間だ。「モナミファクトリー」をテーマにしたこの空間は単に商品を販売するストアーではなく、モナミの歴史と商品を通じて新ブランドの体験を提供している。ここの最も大きな特徴は体験型空間となっており、消費者は自分の欲しいペンを直接作ることができることだ。「DIY 153シリーズ」のボールペン作り、カラーペン作り、「インク・ラボ」などでは様々な色彩のインクを組み合わせて自分だけの万年筆用インク作りもできる。その他にも多種多様な好みをもつ顧客の心を刺激する文具が並んでいる。
延南洞の路地にある「小さな鉛筆店黒芯」は文具マニアの間で有名な店だ。黒芯は古い鉛筆とそれにまつわる物語のつまった空間だ。主人の好みと基準で直接収集した鉛筆と、それに関連した品々が陳列されている。ここは若者世代だけではなく40~50代の顧客も訪れるという。製造停止となったブランドや昔のデザインの鉛筆などもあり、利用客は興味津々に真剣に見入っている。
その他にも聖水洞の「ポイントオブ聖水」、弘大の「ホミ画房」、鍾路の「パピオプロスト」などは文具マニアが好みそうな創作のための道具を販売している。文具探検と旅行を兼ねたいという文具トラベラーならば、江原道東海市にある「鉛筆ミュージアム」を訪れてみることをお勧めする。英国の「ダーウェント鉛筆博物館」をベンチマーキングしたここは、鉛筆ミュージアムの代表が30年間100カ国を旅して収集した国別の多種多様なテーマの鉛筆3000点を展示している。世界的なブランドの鉛筆はもちろん「黒鉛が鉛筆として誕生するまでの製作工程」や「歴史に残る鉛筆の記録」など、鉛筆に関連した歴史とオブジェを観覧できる。
文具にまつわる物語とともに
文具が消え去ることはないだろうが、その市場は依然として厳しい状況だ。世代が若いほど文具消費が減っているのはもちろんのこと、低価格商品が多くなり競争が激化しているからだ。市場には変革が必要だ。ちょうど電気・電球の普及に伴ってロウソクの使い方に変化が訪れたように、文具はその用途を拡大しつつディテールに注目し、差別化を始めたと言える。
モナミは自社の商品にストーリー性を持たせて、注目を集めている。去年は光復節(8月15日)に独立運動家エディション商品「153ID8.15」を発売し、韓国の光復軍について伝えようとした。また最近では誕生花、誕生石、12星座の三つの意味を込めたペンなどを発売している。また使い捨ての廃プラスチック、カカオ豆の殻などを使って環境に優しい商品を発売したり、使用していない商品をアップサイクルグッズとして製作するなど、持続可能性に配慮している。このように文具は絶えず変化しており、新たなイメージ、新たな役割、様々な物語の詰まった人類の永遠の友として生き残ろうとしている。
イ・スンヨン李承姸、毎日経済週刊局 シティライフ