ケーブルテレビや総合編成チャンネル(地上波放送以外でも全てのジャンルの編成ができるチャンネル)に代表されるレガシーメディア、モバイル時代と共に普及したソーシャルメディア、そして音楽配信サイトなどのニューメディアは、21世紀のポピュラー音楽産業の構造を多様化させた。韓国のポピュラー音楽界は、様々なメディアやプラットフォームによって多様性を確保し、多彩な様相を見せている。
水原(スウォン)コンベンションセンターで2019年12月に開かれたトロット・コンサート。客席を埋めた観客が、歌手の公演に歓声を上げている。© 京畿日報
人気曲のランキングを集計・発表する毎週の音楽放送が、テレビ番組の主流でなくなり、音楽配信が中心になった。すると、ビルボードやオリコンのような信頼できる音楽チャートの不在が、韓国の音楽市場の問題点として指摘された。ファンは、好きなアイドル歌手をリアルタイムで1位に押し上げるためにストリーミング攻勢を仕掛け、それによってランキングが左右されるからだ。
そのため、強力なファンを持たないミュージシャンにとって、音楽配信サイトのチャートは縁のないものだった。しかし、K-POPのアイドルでもなく、バライエティー番組などで話題になってもいないのに、新曲を発表するたびにチャートの上位にランクインするミュージシャンがいる。その共通点は、バラードやアコースティックサウンドを基盤として、ボーカルの音色が魅力的なところにある。「見る音楽」ではなく「聞く音楽」を代表するミュージシャンで「鼓膜の恋人」と呼ばれており、音楽配信の上位常連ミュージシャンの特徴といえる。そうした特徴は、どのような音楽の消費パターンを受け継いでいるのかを物語っている。それは、ラジオスターだ。
トロット歌手、ソン・ガイン(宋歌人)。2019年10月に倉洞(チャンドン)プラットホーム61で開かれた「ミス・トロット全国ツアー・シーズン2」の制作発表会で挨拶している。ソン・ガインは、TV朝鮮が2019年に放送したトロット・オーディション番組『明日はミス・トロット』の優勝者だ。© ニュース・ワン(News1)
トロット・オーディション番組『明日はミスター・トロット』の優勝者イム・ヨンウン(任英雄)。2020年1月~3月にTV朝鮮で放送された同番組は、最高視聴率35.7%と、地上波放送ではない総合編成チャンネルでバラエティー番組として歴代最高の視聴率を記録した。© スターニュース
音楽配信の上位常連ミュージシャン
2000年代に普及したインターネットは、音楽市場にも大きな地殻変動を起こした。音源を保存するメディアのCDが、MP3ファイルに取って代わられたのだ。この新しい形のデジタル音源は、正式な市場ではなく、P2P(ファイル共有ソフト)によって不法にダウンロードされ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)のBGMや携帯電話の着信音などに使われた。アルバムの販売がますます減少する中で、音源ファイルの正常な流通経路は確立されず、市場は冷え込む一方だった。しかし、変化はモバイルによって始まった。音楽の聞き方は、2010年代のスマートフォンの普及と共に、ファイルを保存して聞くダウンロートからデータを受信しながら聞くストリーミングへと移り、音楽配信市場といえるほどの規模に拡大した。
ストリーミングが定着した2010年代半ばからは、音楽配信ならではの上位常連ミュージシャンが現れ始めた。2015年のデビューから徐々に知名度を上げて『帰ってこないで』、『あの星』などの曲でチャート1位を獲得した「ヘイズ(Heize)」。最初は注目されなかったが、発売から時間が経つほどに順位を上げて1位になった『宇宙をあげる』の「ポルパルガンサチュンギ(赤頬思春期)」。これらのミュージシャンの成功は、放送よりもSNSの口コミが決定的な役割をした。アイドルグループのように華やかなパフォーマンスはなくても、メロディー、歌詞、声だけで聞きたいと思わせる曲が口コミで広がったのだ。ラジオの時代は終わったが、ラジオが満たしてきた需要は終わっていない。ただプラットフォームと形が変わっただけだ。音楽配信の上位常連ミュージシャンの存在が、それを証明している。
変化はモバイルによって始まった。音楽の聞き方は、2010年代のスマートフォンの普及と共に、ファイルを保存して聞くダウンロートからデータを受信しながら聞くストリーミングへと移り、音楽配信市場といえるほどの規模に拡大した。
ストリーミングが定着した2010年代半ばからは、音楽配信ならではの上位常連ミュージシャンが現れ始めた。
オーディション番組
韓国でポピュラー音楽のオーディショ番組は、1977年に始まった。新しい若者文化を生み出したMBC大学歌謡祭で、初めての大賞は「サンドペブルス(SandPebbles)」の『俺はどうしたら』だった。この歌謡祭は、1975年の大麻事件によって若者文化が消え去った中で、ミュージシャンを目指す大学生にとっては一筋の光のような存在だった。歌謡祭の大賞曲を並べるだけでも、1980年代のヒット曲の歴史が書けるほどだ。しかし、1990年代半ばから、大学歌謡祭の影響力が衰え始めた。芸能プロダクションの時代が本格的に始まり、ポピュラー音楽界の環境が急変したためだ。スターを夢見る子供たちは、10代前半から芸能プロダクションに練習生として入り、数年にわたる厳しいトレーニングを受けて、アイドルとしてデビューする。一方、自分だけの音楽世界を目指す若者は、弘益(ホンイク)大学校の前にあるクラブに足を運ぶ。そのため、ミュージシャンの卵が、あえて大学歌謡祭に参加する理由はなくなったのだ。
そのような中、新しい形のオーディション番組が登場した。2009年にシーズン1が始まったMnet(音楽専門ケーブルテレビ)の『スーパースターK』だ。最初の優勝者ソ・イングク(徐仁国)をはじめ、毎シーズンの優勝者は一気にスターダムに駆け上がった。成功の秘訣は、参加資格を大学生に限った大学歌謡祭とは違い、全国民を対象にした点にある。また、出演者の個人的な経験を感動的なストーリーにして涙を誘ったり、出演者がステージ上だけでなくステージ以外でも競い合う姿を放送した。専門家の審査員に加えて、視聴者にも投票権を与えたことで関心がさらに高まった。
『SUPER STAR K』に続いてSBSテレビが2011年から6年間放送した『K-POP STAR』、Mnetがシーズン8まで放送した『SHOW ME THE MONEY』など、人気オーディション番組の経験が積み重なって、Mnetは2016年に『PRODUCE 101』で大成功を収めた。視聴者は、単に投票するだけでなく、自分が好きな出演者のために積極的に「営業」するようになっていた。オンライン・コミュニティーをあちこち回って、自分が好きな出演者の魅力をアピールし、オーディション会場では自費で作ったボードを手に応援した。そのようにしてファン、放送局、ミュージシャンのつながりが生まれ、音楽はスポーツ競技のような領域に持ち込まれた。芸能プロダクションという後ろ盾のないミュージシャンは、コロセウムのようなオーディション会場で音楽の剣闘士になり、その戦いを多くの人が興味津々に見つめて熱く応援する。それが、現在の韓国のポピュラー音楽の一面だ。
ニューヨークで開かれたMnet『SUPER STAR K』シーズン3のアメリカ予選で、声援を送る観客(2011年6月)。同番組は、参加対象を制限せず外国人にもチャンスを与えたため、海外でも人気が高かった。 © Ukopia
トロット・ブーム
ストリーミング市場で1%にも満たない僅かなシェア、オンラインストアではなく高速道路のサービスエリアという流通経路、小規模イベントに頼るしかない収益構造。このような状況が示しているように、トロット(演歌)の現状は非常に厳しく、評価も高くなかった。そのため、最近巻き起こっているトロット・ブームは、誰も予想できなかった一大事だろう。
この一大事は、韓国の国民的な司会者でありコメディアンのユ・ジェソク(劉在錫)から始まった。ユ・ジェソクはMBCテレビのバラエティー番組『撮るなら何する?』で「ユサンスル」というキャラクターに扮し、トロットの新曲制作に加わって自ら歌った。このキャラクターが、2019年のMBC放送芸能大賞の芸能部門で新人賞を受賞し、その歌は音楽チャートで上位にランクインするほどのヒットとなった。ユサンスルは、エンターテインメントの分野で、トロットがブルーチップ(優良株)になることを証明したのだ。
トロット・ブームは、2019年に放送されたTV朝鮮(ケーブルテレビ)のオーディション番組『明日はミス・トロット』で優勝を勝ち取り、一躍国民歌手になったソン・ガイン(宋歌人)の人気によって全国に広がった。長い間無名で、歌手になるために厳しいトレーニングを受けてきたソン・ガインは、フュージョン・トロット一色という流れに逆らって、正統派のトロットの力を見せつけた。彼女の存在は、若者がアイドルグループに熱狂するのと同じように、中高年層も忠誠度の高いファンになることを裏付けた。昨年のトロット・ブームは、瞬く間に過ぎ去る春の嵐のようなものではなかった。TV朝鮮は『明日はミス・トロット』が成功すると、2020年1~3月に『明日はミスター・トロット』を放送し、イム・ヨンウンというスターを再び生み出した。
『明日はミス・トロット』は、似たり寄ったりの出演者によって最初は期待されなかったが、徐々に視聴者を惹きつけていった。これに対して『明日はミスター・トロット』は、最初から個性豊かな出演者が驚くようなダンスを見せるなど、現代的な感覚で視聴者を熱狂させた。このオーディション番組は、最終回の視聴率が35%を超え、歴代バラエティー番組の中で最高の記録となった。中高年層だけでなく若年層まで、この番組を視聴したということだ。ソン・ガインとイム・ヨンウンの共通点は、フュージョン・トロットを歌わなかった点にある。二人は、イ・ミジャ(李美子)やナ・フナ(羅勲児)などトロットの全盛期だった1960~70年代の正統派のトロットを見事に歌い、過ぎ去った過去の音楽と考えられていた歌唱法で大きな感動を与えた。
二人の若いスターはユーチューブを通じて、昔の音楽を現在のコンテンツとして消費する若い世代に、同じ時代を生きる歌手としてアプローチした。こうした点も、トロットが世代を選ばない音楽として再び全盛期を迎える上で大きな役割を果たした。ユーチューブは、キュレーション機能によってコンテンツの生産と消費の時差をなくす。それは、1980年代の歌手がシティポップとして人気を集め、1990年代のダンス音楽が再び注目されるきっかけにもなった。ユーチューブ世代には、最新でなければ古臭いという概念が存在しない。
1977年のMBC大学歌謡祭から始まった韓国のオーディション番組は、2000年代に入り、多彩なフォーマットのテレビ番組が登場したことで本格化した。現在はヒップホップ、トロット、クロスオーバーなど様々なジャンルごとに特化されている。左上から、JTBCの『ファントム・シンガー』、SBSの『K-POP STAR』、KBSの『TOPバンド』、Mnetの『高等ラッパー』、Mnetの『ボイス・コリア』のロゴ