映画俳優は時代の鏡だ。韓国の観客は今、どんな俳優に各自の嗜好と熱望を投影しているのだろうか。3人を選んでみた。ファンからの強い支持によってスクリーンを掌握し続け、当面は揺らぐことのない俳優だ。
ソン・ガンホ
20年前に起こした地殻変動
ソン・ガンホは、変化の時代が作り上げた「時代の顔」だ。1997年『ナンバー・スリー』の三流ヤクザとして登場したとき、映画における比重は、まだあまり大きくなかった。釜山の方言を使った狭い安宿でのコミカル演技は、十二分に観客を魅了した。だが当時は、コミカル・アクションの韓国型ヤクザ映画が数多く企画されて大ヒットした時期で、ソン・ガンホもそうした映画の助演俳優として多少頭角を現した程度だった。しかしソン・ガンホは、すでにその時から韓国の映画界に地殻変動を起こしていたのだ。

「自 分にできる
キャラクター、
そっちの方から
たくさん入ってくる
ような気がします。
別の方は、
あまり似合わないで
しょう?(笑)
ラグジュアリーで
インテリで
メランコリーな方は
似合わないから、
やっぱり…(笑)」
「自 分にできるキャラクター、そっちの方からたくさん入ってくるような気がします。別の方は、あまり似合わないでしょう?(笑)ラグジュアリーでインテリでメランコリーな方は似合わないから、やっぱり…(笑)
彼は当時の基準で「スター」になりそうな逸材では全くなかった。当時、スクリーンで主演俳優として活躍していた他の俳優とは違い、彫刻のような容姿ではなく、方言混じりの口調もおしゃれとは程遠かった。映画『グエムル~漢江の怪物』(2006)、『弁護人』(2013)で1千万人の観客を動員し、『スノーピアサー』(2013)でハリウッドに進出するとは、誰も予想していなかった。
しかし、演劇の舞台で身に付けた確かな演技力に加え、あえて残した特有の口振りと身振りなど、劇化されていない自然な姿は、従来の俳優とは全く違っていた。北朝鮮軍オ・ギョンピル中士役のペーソスあふれる演技によって大衆的な人気をものにした『JSA』(2000)、そして『復讐者に憐れみを』(2002)、『渇き』(2009)でメガホンを取ったパク・チャヌク監督は、ソン・ガンホの演技を次のように定義している。
「この20年の韓国映画を通して、俳優としてのソン・ガンホの意味を見出すとしたら、モダニティーではないだろうか。演技においての現代性というか…。ジャンル映画からスタートしたものの、その範疇を韓国映画全体に広げた。ソン・ガンホの真価は、まさにそこにあると思う」。
ソン・ガンホは、新人監督との撮影にも積極的だった。2作目の『優雅な世界』(2007)でソン・ガンホを起用したハン・ジェリム監督は、そうそうたる監督と撮影してきたソン・ガンホが、シナリオも読まずに承諾したことを覚えている。ソン・ガンホが作品を選ぶ基準は、ただ一つ。繰り返され消耗されるイメージから脱しようという一点だ。そんな彼の演技を貫くキーワードは「小市民」。「自分にできるキャラクター、そっちの方からたくさん入ってくるような気がします。別の方は、あまり似合わないでしょう?(笑) ラグジュアリーでインテリでメランコリーな方は似合わないから、やっぱり…(笑)」とユーモアを交えて話すが、常に大衆の立場を代弁する演技で観客の心を打ってきた。ヤクザのナンバーツーを演じた『優雅な世界』では、その裏に隠された中年の夫・親としての苦悩が染み出る演技を見せた。田舎の刑事を演じた『殺人の追憶』(2003)では、連続殺人事件の容疑者に向けた「飯は、ちゃんと食ってるか」という即興的なセリフで、刑事も同じ人間であることを表現した。ソウルの漢江の河川敷で家族と売店を営んでいた父親が、怪物に娘を奪われ、孤軍奮闘する姿を描いた『グエムル~漢江の怪物』では、父親役として小市民的な演技を最大限に発揮した。民衆を代弁する演技がピークに達したのは『弁護人』だろう。人権派弁護士だった故ノ・ムヒョン元大統領がモデルといわれる映画で、ソン・ウソク弁護士が「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民に由来する。国家は国民そのものです」と叫ぶシーンは、スクリーンに納まり切らないソン・ガンホの演技の生命力を見せつけた代表例だ。
映画評論家のキム・ヨンジンは『殺人の追憶』のラストシーンでクローズアップされたソン・ガンホの表情を「一時代を要約する表情」だとし、ソン・ガンホについて「どんな役でも自分のものにして、ソン・ガンホならではのキャラクターを作り上げる。それによって、その職業・階層・性格を持つ人物にふさわしい雰囲気を絶対的に創造する。そうした点で、些細で日常的なものから感性を創造する芸術家」と評している。
ソン・ガンホは、撮影中の次回作『タクシー運転手』で1980年の光州民主化運動当時、命をかけて現場の状況を記録したドイツ記者を偶然タクシーに乗せ、光州に向かうソウルのタクシー運転手マンソプ役を演じ、もう一度韓国の小市民の活躍を見せる予定だ。
チョン・ドヨン
俳優から信頼されるワールドスター
2007年5月27日、第60回カンヌ国際映画祭の閉会式。その日チョン・ドヨンは、イ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』(2007)で、韓国の俳優として初めて女優賞を受賞した。子供を亡くして張り裂けそうな悲しみを抱えて生きていく女性、シネの苦痛を巧みに表現し、評論家から称賛を受けたのだ。アラン・ドロンからトロフィーを手渡されたチョン・ドヨンは、満面の笑みを浮かべた。カンヌ国際映画祭は「カンヌの未来を背負う俳優」にチョン・ドヨンと共にソン・ガンホを含めた。チョン・ドヨンを修飾する言葉は、それ以来「ワールドスター」になった。

「前 作と違う何かを
見せるという
目標や計画など、
考えたことも
ありません。
思った通りに
現実が動かない
ことは、早くから
分かっていました。
ただ、その時
その時、最善の
機会に最善の選択を
するだけです」
「前 作と違う何かを見せるという目標や計画など、考えたこともありません。思った通りに現実が動かないことは、早くから分かっていました。ただ、その時その時、最善の機会に最善の選択をするだけです」
高校時代、雑誌のモデルとして芸能界に入った彼女は、映画に出る前にドラマで名を広めた。しかし、華やかな他の女優に比べ、あどけなく地味で「安定した演技の助演俳優」くらいに認識されていた。明フィルムが制作した『接続 ザ・コンタクト』(1997)は、彼女の秘められた可能性を見せつけた作品だ。スタイリングから違っていた。きれいに見せたいという気持ちを抑え、ナチュラルなメイクに、髪型はカジュアルなショートウェーブ。これは当時、どの女優も試みたことがないほど異例だった。モダンな演出スタイルで韓国型恋愛映画の新たな類型を示したこの映画で、チョン・ドヨンはその新しさの最も重要な要素だった。
チョン・ドヨンの今までの演技歴は、一言では言い表せない。『約束』(1998)、『我が心のオルガン』(1999)、『ハッピーエンド』(1999)、『私にも妻がいたらいいのに』(2000)、『血も涙もなく』(2002)、『スキャンダル』(2003)、『初恋のアルバム~人魚姫のいた島』(2004)、『ユア・マイ・サンシャイン』(2005)、『素晴らしい一日』(2008)、『ハウスメイド』(2010)、『メモリーズ 追憶の剣』(2015)などの代表作を見ると、次の作品を決定する上で、特定のパターンや緻密な計算があったとは思えない。初めて過激な露出に挑み、異例の演技を見せた作品で、自ら俳優人生において転機になったという『ハッピーエンド』に出演した際、「そんな映画に出たらお嫁に行けない」と心配する両親に「良いところに嫁入りさせたくて、俳優にしたわけじゃないでしょ?」と説得したのは、よく知られたエピソードだ。
イ・チャンドン監督とソン・ガンホと一緒に撮影できるという理由で迷わず選んだ『シークレット・サンシャイン』を除いて、彼女が作品を選ぶ基準は「良いシナリオ」だけだ。シナリオだけに集中し、シナリオに共感さえすれば、どんな苦労もいとわない。
「特にシナリオのどこが気に入って選ぶという基準はありません。その時その時、私の感性にぴったり合う作品を選んできました。前作と違う何かを見せるという目標や計画など、考えたこともありません。思った通りに現実が動かないことは、早くから分かっていました。ただ、その都度、最善の機会に最善の選択をするだけです」。
『接続 ザ・コンタクト』以来、彼女の演技には、うまく見せよう、あるいはきれいに見せようという不自然な演技が一つもない。『血も涙もなく』でラウンドガールのサングラス役を演じた彼女は、アクションを見せるため、毎日腕立て伏せを3000回行った。『初恋のアルバム~人魚姫のいた島』では、済州島の海女を演じるため、泳げもしないのに素潜りに挑んだ。
チョン・ドヨンは、俳優から信頼される俳優でもある。最近『男と女』(2015)でチョン・ドヨンと共演した俳優コン・ユは「繊細で、一緒に呼吸しながら、相手の俳優に大きなエネルギーを与えてくれる俳優だ」と絶対的な支持を送った。昨年の夏、彼女は『グッド・ワイフ』で11年間離れていたテレビドラマに復帰し、話題を呼んだ。次はどこに向かうのだろうか。ドラマが終わった後、長い休みに入った彼女の活躍が期待される。
ハ・ジョンウ
猪突猛進の大ヒット俳優
昨年の夏、1270万人の観客を動員した映画『暗殺』で、自らのブランド価値をしっかりと証明したハ・ジョンウは、パク・チャヌク監督の今年最高の話題作『お嬢さん』、キム・ソンフン監督の『トンネル』で、もう一度「信じて見に行く大ヒット俳優」としての力を発揮した。ユン・ジョンビン監督の『許されざる者』(2005)で映画デビューし、キム・ギドク監督の『絶対の愛』(2006)と『ブレス』(2007)、ホン・サンス監督の『よく知りもしないくせに』(2008)で変貌を繰り返し、俳優としての基盤を固めてきた。彼は、ユン・ジョンビン監督のストーリーを生き生きと伝えるペルソナ(『許されざるもの』、『犯罪との戦争:悪い奴らの全盛時代』2011、『群盗』2014)であり、ナ・ホンジン監督のバイオレスジャンル(『チェイサー』2008、『哀しき獣』2010)を体現したアイコンであり、リュ・スンワン監督の『ベルリンファイル』(2012)やチェ・ドンフン監督の『暗殺』(2015)など大型プロジェクトでも旺盛に活躍した。『テロ、ライブ』(2013)で新人監督キム・ビョンウの支援者を買って出たことからも分かるように、彼はスケールの大きな映画と低予算映画を区分せず、新人監督との撮影にも積極的だ。
『チェイサー』の残虐な連続殺人犯、『犯罪との戦争:悪い奴らの全盛時代』のカリスマあふれる暴力団のボス、『ラブフィクション』(2012)の恋愛初心者の小説家など、そのギャップは想像以上だ。その根底には、ハ・ジョンならではの折れないチャレンジ精神、図々しいほどの自信、ユーモアがある。観客は、劇をリードするハ・ジョンウの強烈なスタイルに反応する。
ユン・ジョンビン監督の大学の卒業作品『許されざるもの』は、2000万ウォンという低予算で韓国の軍隊の矛盾を描いた秀作であり、その年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式招待され注目を浴びた。この特別な縁で結ばれた二人は『ビースティ・ボーイズ』(2008)、『犯罪との戦争:悪い奴らの全盛時代』を撮影し、パートナーとなっている。
しかし「ハデセ」(ハ・ジョンウの「ハ」とブレークを意味する「大勢=デセ」の造語)と呼ばれるほど莫大な影響力を持つこの俳優の計画は、大げさでも派手でもない。

「何 もやらずに
後悔するより、
やって後悔した
方がいいと
思うんです」
「何 もやらずに後悔するより、やって後悔した方がいいと思うんです」
彼は、その度ごとに物事を決め、最善を尽くす自称「生活型俳優」だ。「何もやらずに後悔するより、やって後悔したほうがいいと思うんです」との持論を持つ彼は、レンガを積むよりも積み終わったレンガを突き崩して挑戦する猪突猛進タイプだ。演技だけでなく『577プロジェクト』(2012)の企画者として、さらに『ローラーコースター』(2013)、『許三観』(2014)の演出家としても活動の幅を広げており、絵を描くことにも夢中になっている。